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旅のこと、日々のこと

京都一周トレイル 京北コース 約35kmの山旅

 京都一周トレイルは、京都盆地を取り囲むように整備された5つのコースと京北にある1コースの総称だ。公式のマップも販売されていたり、登山道には公式の道標も設置されていて知名度は高い。コースごとに距離や難易度も違い、京北コースを除けば、市街地に近い場所を歩くので、エスケープを取りやすかったり、観光と組み合わせた山行が楽しめるのも魅力だ。

 今回は右京区にある約35kmの京北コースに足を運んだ。それ以外の総距離約84kmの5つのコースは1年ほどかけて友人と2人で歩いていたので、残り1つとなったコースを歩く。友人は登山経験者ではないので、35kmに及ぶ長距離山行には同行せず単独で向かうこととなった。京都一周トレイルを全コース歩くという目的もあるが、今回は単独での長時間行動に慣れることも目標にしていた。京都から東京まで続く街道、東海道五十三次を歩いてみたいという思いがあり、自分が今どれくらいの距離をどれくらいの時間で歩けるのかを知りたかった。

 僕の自宅から登山口までの距離を考えると朝出発すると35kmを歩き通すのは難しいので、登山口の近くで前夜泊(野宿)をすることにした。寝袋やマットなどを持っていくとザックの重量が増えてしまうため、ツエルトと寝袋のカバーとインナーだけを持って登山口へ向かう最終バスに乗った。バスは日が落ちていくなか山奥に向かって走っていき、乗客は僕以外に1人しかいなかった。このとき、前夜泊の場所を決めていないということに気がつき、暗い山奥で良い場所が見つかるだろうかという不安もあった。
 到着した細野口というバス停は比較的新しい木製の壁付きの屋根があり小屋のようになっていた。前夜泊の場所への不安はあっさり解消され、ベンチで横になって眠りについた。

 4時頃に起床し、身支度をしながら明るくなるのを待って5時ごろに出発した。歩いて少しすると岩壁沿いに並ぶ石仏や登山道をまたぐようにして建っている石門に出合う。早朝の静かで誰もいない状況のなかで目にするこれらの人工物は神聖さを感じさせてくれるとともに、その精密さゆえに周囲の自然環境とは不釣り合いのようにも思え、異様さが際立つ。ほどなくして、高さ25mの滝又の滝に到着する。派手さはないが、岩壁の起伏に沿って流れる姿は見ていて飽きず、青みがかった静かな滝壺も趣があった。

 滝の前で少し休憩し、山道を進む。所属していた部活の先輩から景色が奇麗なスポットとして教えられてた、パラグライダー離陸場跡に到着する。木々のない広々とした離陸場跡からは、京北の自然と麓の集落が調和した長閑な風景を楽しむことができた。腰を下ろし、朝ご飯のおにぎりを食べながら近くにある天童山という山に登るかどうか考えていた。一応コースにはなっているが、経由しなくても歩き進めることができる。少し遠く、人気もなさそうなのでやめようかとも思ったが、結局行くことにした。人気があるかないかなどという理由で行動判断をしてしまうのは良くない。人が登っているから登りたい、あの人が持っているから自分も欲しい、価値基準を他人に置きすぎると自分で決める能力が下がっていく。今回の京北コースを歩く中で、また京北の自然を知るうえで踏むピークは少しでも多い方がいいと考え、向かうことにした。それほど時間はかからず、木立の中にある山頂に登頂。達成感はなかったが、満足感はあった。

 離陸場跡から見えていた集落に降りていき桂川沿いに歩いていく。先ほどまでもそうだったが、集落と山を交互に歩くのが楽しい。距離はそれほど歩いていないのに、山を越えて集落が見えると自分がとても遠くから旅をしてきて、やっとの思いで人が住んでいる場所にたどり着いたと思える感動がある。また、京北は他の5コースに比べて山間部にあるからか、羊の放牧や畑作業の風景のなかにゆったりとした生活の流れを感じることができるのもよかった。当たり前のことかもしれないが、僕の知らない場所にも、きちんと日常は存在していて、その場所特有の時間が流れていることを身をもって実感できた。

 1000年以上前に建てられたといわれる加茂神社に寄ったり、休憩を多く取ったりしていると、日が暮れ始めていた。所持している水分も少なくなり、焦りが生まれる。登山口まではもう一山越える必要があった。近くに水が汲めそうな川があったが、奇麗見えても菌は存在している。また、近隣の住人に水をくださいとお願いする勇気もなく、脱水などの不安を抱えたまま山に入った。山に入ると日が遮られ暗くなるので、一層孤独感や不安は強くなる。そもそも、今回の山行で京北の住人は見かけたものの、登山客には一人も合っていなかった。人の存在が近くにないというのはとても怖い。都会に住んでいると、人といることが億劫に感じて、一人になりたいと思う時がある。しかし、いざ一人になりたいと山に来てみると、不安で怯えている自分がいるという矛盾があった。

 足早に歩き続け、18時10分に登山口に戻ってきた。行動時間は13時間を超えていた。かなり疲れたが、高低差が少ないこともあり時間をかければ、それなりに長距離を歩くことができることがわかった。時間や水分量などの計画部分を補強すれば、精神的な余裕も生まれてくるだろう。細野口のバス停に行き、帰路に着いた。

※上記は2021年4月の出来事です。