Gel-blog

逍遥する日々と旅の途上で

六甲山全山縦走

 兵庫県の神戸から須磨まで延びる山脈、六甲山。六甲山最高峰をはじめ、山脈を構成する主な山への登山はもちろん、春と秋には全山縦走の大会も開かれ全国からハイカーが集まる人気の山だ。公称では全長56kmとされているが、登山のアプリや計画サイトを見る限りは45kmほどが実際の距離のように思う。僕は兼ねてから京都から東京まで続く街道、東海道五十三次を歩き通したいと考えていたので、そのための歩行練習という位置づけで全山縦走を行うつもりでいて、21年の4月頃に単独で挑戦することにした。

 朝の4時に宝塚駅を出発して須磨浦公園を目指して歩き出した。歩き出しは順調だったが、徐々に体力が削られ、アプリではなく紙地図を頼りに道を確認しながら進んでいたこともあり、行動時間が長くなっていった。また、水分が補給できる場所を把握しておらず、多めの水を運んでいたことによる荷物の重量化も遅れの原因となった。岩稜が特徴の須磨アルプスを歩くときには日は暮れて真っ暗になっていた。ヘッドライトも携行していたが、ライトが当たる前方と周囲の暗闇の境目が、より恐怖感を増幅させ、歩いても歩いても暗闇に追いかけられてるような気分になっていた。稜線上からは麓の灯りが近くに見えているのに、自分はなかなか山から降りられないというもどかしさがあった。 

 20時を過ぎ、栂尾山を経て長い階段を降りていると、顔が痺れ、程なくして鼻血も出てきた。疲労もあったが、水分とカロリー補給がうまくできていなかったことが関係しているのかもしれない。特に暗くなってからは、早く到着したいがために休憩をあまり取らずに歩き続けていた。本来なら階段の途中で左に折れて橋を渡って山へ向かうのだが、ひとまず階段を進み続け、歩道に降りた。鼻血が出ている僕のことを通行人が心配そうに見ている。血が止まるのを待ちながら、気持ちを落ち着けて、進退をどうするか考える。この時点で40kmほど歩いていたので、あともう少しだったがこれ以上は身体と精神がもたないと考え、リタイアすることにした。バスと電車を使えばすぐに帰れる環境にいるせいで、山への執着も自然となくなっていった。

 その後、リベンジすることなく、次の訓練に移り、琵琶湖を徒歩で5日かけて一周した。すぐリベンジても良かったが、訓練の内容と予定は大まかに決めており、宿泊を含んだ旅の経験を積んだほうがいいと考えた。そして東海道の旅に出発する運びとなり、旅から帰ってきたあと、やはり全山を縦走できなかったのが不完全燃焼だったので再度挑戦することにした。単独では前回と同じ恐怖心に煽られると思い、ワンダーフォーゲル部の後輩を誘い2人で歩いた。体力があり、どんな場面でも前向きな性格を兼ね備えたこの後輩なら一緒にいて安心だと思った。また、時期も日照時間が長い6月を選び、少しでも明るい間に歩ける時間が長くなるように工夫した。 

 僕は宝塚駅近くのホテルで、後輩は少し離れたネットカフェで宿泊したのち朝6時に宝塚駅に集合した。スタートは1度目の挑戦と変わらず宝塚駅からだ。一般的には、標高差が多い須磨浦公園側から登り、比較的なだらかな部分が多い宝塚駅側に降りることが多いらしい。しかし、個人的な思惑として、山を登ってきて、最後に海が見えた方がロマンチックな感動を味わえるのではないかと思い、身体的負荷を無視した感情だけで宝塚スタートにこだわった。

 後輩と集合したときには雨が降っていて、登山口の塩尾寺に着くまでの1時間ほどのコンクリートの歩行がつらかった。塩尾寺に到着しときには、雨も降り止み、簡単にストレッチをして歩き出す。最初のピークである岩倉山を越え、次々に山や峠を超えていく。2人ということもあり、身体の疲労に意識がいかず、快適に歩くことができていた。また、前回は初めてということもあって、地図と睨めっこしながら進んでいたが、今回はルートをほとんど記録しているのでかなりの時間を短縮できていた。4時間ほど歩いて六甲山最高峰に登頂。曇天と霧の影響で展望は望めなかった。同じく展望の良い摩耶山にも登頂するが、こちらも何も見えなかった。

 菊水山までは、それなりにアップダウンもあり体力が削られる。後輩はまだまだ体力に余裕があるらしく、菊水山の下りでは、どんどんと距離を離された。こちらの体力が不足しているとしても、明らかに速い。小さな岩が点在する登山道を転倒や滑落を恐れずに下っていく。死への恐怖が、自分よりずっと少ないのかもしれない。生と死の間に境界線を引くならば、後輩はかなり境界線の近くにいると思う。境界線の近くまで自分を持っていくことができるとも言える。それに加えて、根性もある。僕は菊水山に来た時点で、前回と変わらないタイムだったので、日を改めて、もっと早く出発し直せばいいのではないかと思った。しかし、後輩は何かを計画して実行するにあたり、やり切らないと気が済まない性格らしい。そのやる気に背中を押され、重たい足を前に出し続けた。後輩の存在が、いつの間にか諦め癖がついていた自分に喝を入れてくれた。

 菊水山を下りきり、しばらく住宅街を歩く。密集する家から灯りが漏れ出し、話し声が聞こえ、夕ご飯の匂いもしてくる。僕も一刻も早く安心して休める場所に行きたい。そう思いながらまた山に入る。高取山の山頂を踏み、須磨アルプスに入った。このときには、もう夜になっていた。今回は後輩がいるので、不安をかき消すために、後ろを歩いてもらいヘッドライトで照らしてもらう。僕たちのほかには誰もいなかったので、獣との遭遇防止も兼ねてBGMを流しながら歩く。気分も上がってきて、もうどこまででも歩いていけそうだった。

 ようやく、前回リタイアを決めたところまできた。前回はあまり地図を見る余裕もなくなっていたが、ゴールまでは本当にあと僅かだった。踏ん張れなかったことを後悔したが、常に今できることが最善で、前回の選択も正解だったと思うしかない。

 長時間歩いているとしばしば思い浮かぶ「なぜこんなことをしているのだろうか」という疑問。また、そこに関連して「今までの自分の人生はこれで良かったのだろうか」ということまで考え始めてくる。俯瞰して僕たちの行動を見てみて、起伏のある地形をぜいぜいと上り下りしているさまは、もう茶番劇にしか見えない。ただ僕は今、幸福感に満ちている。意味もなく、意義もないめんどくさい行動をしているときに幸福を感じる。自分の足を使って長時間歩くという非効率な運動があるからこそ達成感を味わうことができるように、過程に関与した分幸福度は膨れ上がっていく。

 旗振り山を越えて、須磨浦公園に続く階段を下りていく。雨も降り出しだんだんと強くなってくる。僕の体力は尽き始めていた。地図を見るふりをして休んだり、階段に座り込んだりしていたが、ここでも後輩に引っ張られるかたちでゆっくりと歩き続け24時30分に須磨浦公園に到着した。海は暗くて見えなかったが歩き切ったという事実があるだけで充分だった。日帰りの山行だったが、行動時間の長さと疲労からか、何日もかけた旅が終わったような気持ちよさがあった。須磨駅までタクシーで向かい、コンビニでカレーを買って、駅の階段の踊り場にツエルトを敷いて二人で食べる。終電はとっくに終わっていたので、そこで一夜を過ごして、翌日の始発で帰路についた。